「技術経営」のコーナー 技術経営に関する持論を紹介します。

長年に渡って、研究開発や新規事業の立ち上げに関わってきましたが、うまく行ったものもあり、行かなかったものもあり、むしろ失敗が多かったのでは無いかと思っています。 今になってやっと分かった事も多く、 この機会にまとめておこうと取り敢えずは概要的なものを書いてみました。 これでまとまるようだと肉付けをしてまとめようと思っています。

pdf版はこちらからダウンロードください。
モノづくり大手企業の技術経営
続・モノづくり大手企業の技術経営 〜 研究開発管理の視点から 〜


目次
モノづくり大手企業の技術経営
【1. 序】
【2. モノづくりの生産性アップ・コストダウンの果てに】
【3. モノづくりの農業化】
【4. 農業における打ち手とモノづくりビジネスとの対応】
【5. モノづくり分野の打ち手は】
【6. モノづくり大手企業における新ビジネスモデル開発】
【7. 新ビジネスモデルと技術経営】
【8. コンポーネントとサービスと技術】
【9. 技術経営におけるキーテクノロジーは何か】
【10. 新規技術の意味するところ】
【11. 新製品の開発期間】
【12. IT経営ツールとビジネスモデル確立の鍵】
【13. 結: 神は細部に宿る】

【付録:モノづくり大手企業技術経営のケーススタディ】
【ケーススタディ その1:トヨタ自動車】
【ケーススタディ その2:パナソニック】
【ケーススタディ その3:アップル】

続 モノづくり大手企業の技術経営 〜 研究開発管理の視点から 〜
【1. はじめに】
【2. 研究開発の現場】
【3. 解決策はあるか?】
(1) リアルオプションによる事前評価
(2) 事前評価を諦めて結果管理に集中する
(3) 研究開発費の資産計上は税法上問題ないのか?
【4. PL重視からBS重視へ】
【5. 他社傾向とむすび】




モノづくり大手企業の技術経営

【1. 序】
日本全体のモノづくりが踊り場に差し掛かっている事は間違いないでしょう。 戦後の高度成長期のモノづくりビジネスモデルがそのまま、日本らしく精密化しましたが、その限界に達しつつあるのではないでしょうか。 モノづくりで思い出すのは、携帯音楽端末です。 日本は、精密メカの極致である MDプレーヤーを極めて安価に製造しました。 一方アメリカでは、 その時半導体とソフトウエアの塊である MP3プレーヤーが実用化されました。 当時よく流行っていたジョギングをしている時でも振動に強いMP3プレーヤーが圧倒的なユーザーの支持を受けました。 その後これを高度化したのが、アップルの iPod、iTuneであり、 iPhone でありiPadであったのです。 まったく異なる技術に基づく製品(コンポーネント)とインターネットと接続されたコンポーネントを介したユニークなサービスにそのヒントが多く含まれていると思います。



【2. モノづくりの生産性アップ・コストダウンの果てに】
モノづくりの現場では、生産性の効率アップが当然の目標になっています。 最近では発展途上国に引きずられるカタチで、更なる低コストの製品の開発・生産が目指されています。 この先には何があるのでしょう?

従来は効率化のスタートラインが高かったので、そのスタートラインからの生産性アップやコストダウンは無限に可能であるように見えました。 しかし現在それが限界近くに達している時には、この先は限りなく無料に近いレベルになっていくのではないでしょうか。

インターネットや放送の世界では無料ビジネスモデルは当たり前のものでしたが、モノづくりの世界の無料とは想像も出来ません。 日本全体にあまり元気が無いのは、いろいろ理由はあるでしょうが、ひとつにはこの目標が、結果的に自己否定に繋がると言う事がだんだんと見えてきたせいではないかと思います。 何となく意味の無い目標に向かって努力していると言う無力感・脱力感があるのではないでしょうか。 中国は13億人も居ます。 インドには10億人も居ます。 コストダウン圧力は始まったばかりで、これからもずっと続いていくでしょう。



【3. モノづくりの農業化】
モノづくりの現場、特に金属機械加工の現場を見ていると、どんどんコストカットを要求されて、しかも生産数量は上がらず、零細企業が多いと言うことを見ていると、これは農業に極めて類似していると感じました。 農業も江戸時代から生産性はアップし、特に米の値段はどんどん下がりました。

ちなみに、あまり知られていませんが、江戸時代にこの米価リスクをヘッジするために世界で始めて大阪の堂島で商品の先物取引まで始まったのです。 この時点で、現在とは異なり日本は世界でダントツの金融技術先進国であった訳です。

現在では農業を中心とするいわゆる第1次産業の人口の数パーセントまで落ち込み、しかしこれで国内食料の45%も! 賄っていると言うのは、戦後においても50%程度の人々が農業に従事していたことを考えるとすばらしい生産性のアップです。 簡単な日曜菜園用の耕運機で出来ることも、これを人力の鍬でやろうとすると物凄く大変です。 現代人には農村の人を含めて不可能ではないかと思いますが、父親の時代にはこれが常識的に行われていました。 モノづくりのいわば農業化が、モノづくりのすべての現場で多少なりとも起きているのではないでしょうか?

農業は天候に左右され、モノづくりは市場の動向に一喜一憂し、騒動が終われば結果的には販売価格は下落し、コストダウン・生産性向上に行き着かざるを得ません。 規模や状況がまったく違うとは言え、ギリシャの状況が明日の日本の姿であるとすると、農業の状況がモノづくりの明日の姿であると言っても過言では無いと思います。



【4. 農業における打ち手とモノづくりビジネスとの対応】
それは、農業は座して死を待つのみか、と言うとそうではなくて、いろいろなアイデアが出てきています。 補助金で延命させると言うのは別の議論だとして、モノづくりの明後日を占うために、農業における方策を探ってみると、概ね以下の3つの方向だと思います。

(1) 大規模化する。 要するにボリュームゲームにして究極の生産性アップを狙う。
(2) 高付加価値を追求する。 何とかメロンとか何とかマンゴーとか、付加価値アップ。
(3) 加工を加えて付加価値を大幅に高める。

以上を、モノづくりビジネスとの対応を見てみると以下のようになると思います。

(1) はすでに半導体の世界で行われており、世界的なレベルで会社の淘汰が起きています。 企業規模が大きいほうが強いので、世界で何社かしか生き残れないでしょう。 この方策の問題は顧客の規模の最大限である世界の人口です。 ケータイにしても自動車にしても確かにこれを使う人口は増えてきていますが、いずれにしても人口の制限に行き着き、さらに規模競争に勝ったとしても、ごく大雑把に言えば世界の経済成長率以上の伸びは期待出来ないと言うことです。

(2) は過去の日本が得意とした分野で、高価格の製品が少なくとも日本では売れたと言うことです。 最近の状況を見ていると日本の企業は発展途上国向けの安い、要するに付加価値のない製品の開発製造を余儀なくされていると思います。 超高付加価値商品は、中国の一部の階層にはこれが極端なカタチで受け入れられていると言う事でしょう。 従って、一定の市場はあると思いますし、重要な市場です。

(3) が最も我々の参考になる処方箋だと思います。 最も分かりやすい具体例は、京都の九条ネギです。 ネギを単に刻んで売るだけで数億円の売上になっています。 京都野菜には多少の付加価値があるとは言え、普通のネギをそのまま出荷するだけでは、なかなかここまでは行かないと思います。
また、他の農園ではレストランを併設して、農園で採れたものを料理して出します。 レストランの運営経費は大きなものがありますが、少なくとも農産物の付加価値は極端に大きくなります。 もっと大きなメリットは、顧客の希望やニーズを直接聞けると言う点にあります。 デメリットは、それぞれのビジネスは大きくならないと言う事があり、ビジネスそのものの数を増やす必要があります。



【5. モノづくり分野の打ち手は】
上記のような処方箋が最適だと思います。 つまり、金属機械加工の分野で言うと金属加工した部品に少し表面処理をするとか、組み立てまでやるとか、最初の設計まで引き受けるとか、こうする事で顧客満足度が上がり、そのための付加価値が生じ、顧客ニーズが直接聞けます。 それならすぐにそうやって、農産物は少し加工して、単に刻むだけならすぐに出来そうだし、金属機械加工も、ちょいちょいとやればすぐに出来そうです。

これは試作と言う分野として確立しようと言う動きですが、これがなかなか出来そうで出来ないのです。 要するにビジネスモデルが違ってくるのです。 農家の年配のお百姓さんや町工場の社長は、こんなビジネスモデルなんてものを意識して仕事をしてきた訳ではないのであって、生まれた時から、物心ついたときから、そう言う仕組みでお金が回っていて、ことさら意識する必要は無かったのですが、意図しないビジネスモデルの変更に出会うと、要するにどうして良いのか、途方に暮れると言うのが実態だと思います。 まず、値段のつけ方が分からない、何時請求したら良いのか分からない、何時お金をもらえるのか分からない、と分からない ずくめで、気がついたら失敗していたと言うことになります。

この分野の現場で気になるのは、単に何もしていないとか、努力を放棄しているとか、と言われるとそうでもなくて、本人たちは非常にまじめに取り組もうとしているし、実行のための情報は沢山あります。 しかし自分で思うほど外から見ていて努力が見えない。 やることは頭では分かっているが、実際の行動にはその何分の1しか現れていない。 当然に、本人たちは努力しているが、効果は少ないので最後は失望して放棄することになってしまいます。 この点が、政府や行政の努力にも関わらず一向に進展しない理由だと思います。 最後は補助金漬けしか方策が無いのですが、ここまで来ると麻薬と同じことになります。 最後は完全に衰弱してしまいます。



【6. モノづくり大手企業における新ビジネスモデル開発】
「以上は良く分かった、零細な農家や町工場ではそうだろう、しかし有能な社員が多くいる大手モノづくり企業ではこんなことは問題なくクリア出来るだろう!」と言われるかもしれませんが、これも実際は大同小異でなかなかうまく行きません。 上記の様な方針を立て、おそらくビジネスモデルが異なるので、社内ベンチャーでやれ、と言うことにほとんどの場合にはなると思います。 しかし、大手企業で社内ベンチャーがうまく行ったと言う例はそんなに多くはありません。

何故か?

社内である限り、いくら独立性を確保しても、その企業のビジネスモデルつまり事業構造の影響を受けます。 社内と言うことは、少なくとも人事と経理の支援は受けることになります。 もしこれが無いのであれば、社内ベンチャーとは言わないでしょう。 単にオフィスを借りているだけになりますが、通常は全部自前でやるのは大変なので、人事と経理は親会社に依存することになります。

これが落とし穴で、特に経理を依存すると、お金はすべての元ですから、ここから善意(これが曲者)の影響を受けて、せっかく新しい事業構造を作ろうとしていたがうまく行かないと言う事になってしまいます。 これは慢性病みたいなもので、初期の段階ではあまり気になりません。 何かおかしいと気がついたときは既に時間が大分経っていて、リカバリする余裕がなくなっていると言うのが実態です。

しかしながら、新しい事業構造の創造は、しがらみの無いベンチャービジネスもしくはリソースの豊富な大手モノづくり企業から発生すると信じています。 モノづくり中小企業もポイントですが、やはり層の厚さと言うか経営的な訓練の度合いは外で見ているより遥かにレベルの差があります。

経理 すなわち お金に関しては重要なので後述します。



【7. 新ビジネスモデルと技術経営】
(3)を少し変形してコンセプトをアップグレードすると、製品ではなくて、事業に加工を加えると言うビジネスモデルになります。 基本はモノづくり(コンポーネント)ですので、これにサービスを加えます。 農業におけるレストランみたいなものです。 さらにこの両者を繋ぐものとしてシステムが必須です。 昨今は、クラウドコンピューティングと称して如何にも新しいもののような宣伝が多いですが、ビジネスモデルとしては何十年も前から存在している物です。 しかし過去には同様のコンセプトではうまく行かなかった。 何故か?

従来は、コンポーネントとサービスをバラバラに扱っていた。 システムもあったが、コンポーネントと一部のような扱いであり、ビジネスモデルがまったく違う、違うべきと言う明確な方針が無かったためだと思います。 バラバラであれば、それぞれが競合と当たれば、それはそれだけの強みであって、総合的な強みは発揮されません。 従って各部分(コンポーネント、システム、サービス)はどの様に連携して行くのか、 競合に対してどのようにそれが作用するのか、に最もアテンションを当てないといけないのです。 また、単に方針で示すだけでなく技術の裏づけが必須で、ここに初めて(ここで言うところの)「技術経営」が本来の意味を持ってきます。

コンポーネント、システム、サービス(ソフトウエアを含む)のそれぞれが別々の明確に区別されたビジネスモデルで運営され、上位ビジネスが下位ビジネスを包含した事業構造とすることでそれぞれの事業の強化も可能になります。



【8. コンポーネントとサービスと技術】
大手モノづくり企業のコンポーネントの強みは物凄くあると思います。 特にシステムやサービスから見るととんでもなく参入障壁の高い分野ですが、あんまり儲からない、つまり付加価値が低いと見られているので参入して来ません。 モノづくり分野に身を置いていると実感は無いですが、外から見ると物凄く強いです、少なくとも強く見えます。 逆にサービスは参入障壁がきわめて低い。

インターネットサービスや外食産業を見ても良く分かりますが、すぐに参入できる。 本来は付加価値が極めて高い(はずの)サービス分野は、この参入障壁の低いことが仇となって、結果的に価格競争に入ってしまって、付加価値がないように見えるのです。 翻って、モノづくりはそんなに利益率が高いかと言うと、たかだか原価の3倍から5倍で売るのが限界で、それ以上の利益は出ないと思います。 サービスは青天井でグーグルの時価総額を見てもよく分かると思います。 ただし参入障壁をうまく作って、競合に勝てば の話です。

従って、理想のビジネスモデルは何かと言うと、参入障壁の高いコンポーネントと利益率が本来高いはずのサービスを何らかのカタチで結合し、容易には切り離せないように技術で裏打ちされた縛りを掛けると言う戦略になります。 技術といってもパテントでカバーできるのは多くはありません。 特にここで使おうとしているシステム関連技術にはパテントは有効ではありません。 必須はコストです。 競合に攻撃されるのは何とか防御するとしても、顧客から相手にされないのは防御できません。 出来るのは唯一、コストです。 従って、技術経営で使う技術は何らかのカタチでコストに反映されなければなりません。



【9. 技術経営におけるキーテクノロジーは何か】
それでは、その技術とは何かと言うと、ひと言で言うと広い意味の通信技術です。 通信技術の分かりにくい、戦略の立てにくい特徴は何かと言うと、ひと言で言うと「オープン」でしかも「隠す技術」と言えます。 ここで言う通信とは、ハードレベルでは無線技術などから、上位レベルでは、アプリケーションを含みます。

オープン性は規模の大きな企業に有利に働くので、日本ではNTTが強くソフトバンクはあれだけ頑張って少しシェアを取りました。 しかし通信全体ではまだまだ微々たるものだと思いますし、今後とも1位をかけて激烈な競争が続くでしょう。 またオープン性は、顧客が自前でシステムを構築できると言う顧客にとってのメリット、我々にとってのデメリットが存在します。 コスト的に見ると顧客が自前でシステム構築するのが最良かどうかと言う点も残っています。

我々が注目しないといけないのは、後者の隠匿性(隠す)です。 通信技術の本質は、究極的には1対の電線に帰着すると思います。 これを遠距離、多点を結ぶのはコストがかかりすぎるので、交換機とか何とかいろいろな技術が必要になってきます。

もっとも気を付けないといけないのは、最終的には1対の電線に見えないといけない点であって、例えば近距離(10mとか20m)では、電線とのコスト競争になります。 これくらいの距離ではどんな安価な物を持ち込んでもコストに負けてしまいます。 特に無線通信ではそれが顕著で、線を実際に張ると同等もしくは安価と言うことが実証されないと商談が成立しないと言う非常に手間のかかる営業を強いられて、事業そのものが失敗していく例は数多くあります。

いずれにしても、通信技術の原罪は、技術を隠して電線に見せる、コストも電線以下と言う矛盾に満ちた物であるからです。 この点をまず理解して通信技術を経営的に評価しないと、単なる新技術だけを見ていると失敗します。

ただし最近ではインターネットや第3世代無線通信の登場によって、距離によってはこのコスト競争場面に変化が出てきてコストが成立する場面が多くなってきました。 これがインターネットの本質的なポイントでしょう。 従って、パラダイム変化によって種々の新ビジネスが登場して来ているのはご承知のとおりです。

インターネットや第3世代無線通信などのオープンなインフラを使って、その上でコストの安い、顧客が自前でシステム構築出来ないような通信技術を確立する必要があります。 このようにすれば、我々も顧客も通信業者も3者ともハッピーな関係が構築できます。

また、一番下位のインフラとして、インターネットや第3世代無線通信などのオープンなインフラを使って、その上に業界専用のインフラとしてのネットワークを構築するのも良い戦略だと思います。 一昔前までは夢物語であった全国規模のインフラネットワークを自前で持つことも可能となりました。 下位インフラの通信サービスとして、MVNO  【Mobile Virtual Network Operator】 (仮想移動体サービス事業者)の動きも以前から存在します。



【10. 新規技術の意味するところ】
技術とくに新規技術と聞いて、新製品を連想しませんか? 新製品を欲しいか?と例えば10人の事業責任者に聞くと、恐らく9人は YESと答えるでしょう。 何でみんなそんなに新製品を欲しがるのか?

現商品の次世代製品 (次次世代ではない、0.5次世代かもしれない) なら良いと思いますが、まったくの新規製品は、売ることそのものが非常に難しいと思います。 新製品を旨とするベンチャーが失敗するのはほとんどがこの原因です。 売ることを考えずに、新製品を作ることが当面の最終目的になってしまい、新製品開発よりさらに時間とお金がかかる販売にリソースを割かない。 新製品が出来ても売れない、時間が経つ、その内に競合が出てきて先に市場を取って行く・・・ 典型的な失敗パターンです。

さらに言うと、ベンチャーで最初の新製品がもし売れたとしましょう。 この場合はバカ売れはしませんが、まあまあ成功となると、次の製品が問題となります。 一度成功しているので、今度は欲が出ます。 大体において機能がアップして結果的にコストの高い物が出来上がります。 営業部隊もそれなりに勢い込んで営業を行いますが、如何せんコストが高く売れません。 その内に資金がショートして製品も作れなくなって、敢無く敗退と言うのが一般的なシナリオでしょう。

大体世の中で、2と数字の付く物はほとんどありません。 マイクロソフトの初期の製品は Windows 3.1 、1 も 2 もあるはずなのですが誰も知らない。 サンマイクロの基礎を作ったのは Sun3 ですが、Sun1は誰でも知っていますが、Sun2は誰も見たことが無い。 インテルの基礎を固めたのは、386です。 286は 186のマイナーバージョンアップだった。 この後 486 586(ペンティアム)と続いていくのです。 要するに好事魔多し のことわざ通り、ビジネスの世界では、一度成功するとその後が怖いと言う事になります。 最初から成功しないのは論外で、実力が無かったせいです。

ノーベル賞をもらった島津の田中さんの作った分析機は新技術の塊みたいですが、実際はほとんど売れなかったそうです。 新しすぎて売る人が居なかったというべきでしょう。 先日も世界で始めてと言う機器を委託されて開発したのですが、3年経ってもまだ事業と言えるほど売れていません。





【11. 新製品の開発期間】
新製品の開発は長期に渡る、営業体制の構築は短時間と言うような感じがありますが、これは完全に逆で、営業体制をキチンと作り上げるのには、3年もしくは5年ほどかかると思います。 これに反して、コンポーネントの試作やシステムの一区切りの開発は3ヶ月で出来ます。 量産を考えても新規で余裕を見て10ヶ月でしょう。 ただし、アナログ量を扱うセンサーのようなものは、逆に試作でも1年はかける必要があると思います。

開発期間にこだわるのは、開発費の圧縮も目的にはありますが、それは末節の話で、もっとも重要なのは、時間と共に顧客ニーズが変化してしまうと言うリスクにあります。 この変化の激しい時代に、1年以上の先を読みきるのは至難の業です。 1年先を読んで、製品企画をして開発をスタートしたとすると、開発に1年かかるとすると、それが世の中に出るのは、1年後、ビジネスとして寄与するのは恐らく2-3年後だと思います。 従って最初の1年は非常に重要で、余裕を見て10ヶ月程度で上市すれば、余裕をもってビジネスが可能です。


【12. IT経営ツールとビジネスモデル確立の鍵】
コンポーネントとサービスを通信で結ぶと言う新ビジネスモデルを立案し、それを実行するときにも非常に重要なポイントがあります。 いわばビジネスのオートメーション化とも言うべきで、ビジネスの現場を「見える化」し、経営(営業)ノウハウを作りこんだITツールを用意することです。 これには、各営業案件の状況表示、仕入売上げの自動リアルタイム集計や売上代金の回収の管理まで含むべきです。 またメールやスケジューラとも連携し、クラウドコンピューティングで動作し、いつでもどこでも誰(アクセス権限付で)でもアクセス出来ることが重要です。

このようにして、お金の動きの隅々まで可視化する。 また、営業案件の一つ一つに対しても利益が可視化されるようにすれば、問題が起きたときの改善点が極めて容易に判断でき、速やかな対策を立てることが出来ます。 最終利益がどうしても上がらないが、どう言う打ち手を売ったらよいのか分からないと言うような状況はかなり減らすことが出来ます。

最近は製品としてセールスフォースドットコムなどから市販され、汎用品+カスタマイズで80%は実現できるでしょうが、理想的には自力で作り上げるべきです。 と言うのは、刻々変化する(気が付いてくる)ビジネスノウハウをこのシステムに実装していく事で、事業がますます強くなり、メンバーが増えても統一的なオペレーションが可能となります。

このIT経営ツールの重要度は、本体のビジネスの開発にも匹敵しますから、それなりの開発費を投入しても良いと思いますし、最近のクラウドコンピューティングでは、そんなにかかりません。 上級レベルのプログラマが1-2名いれば実現できます。 一番重要なのは、経営責任者がこのIT経営ツールの持つ意味を正しく十分に理解して、指示をキチンと出せることです。

従来、なぜこのようなシステムがあまり存在しなかったかと考えてみるに、汎用性と専門性の交点にしかこのようなシステムは実現できないと言う事に気がつきました。 汎用性とは、一般の経理システムで、これはどのような会計基準を取るかで、汎用的に決まります。 日常の会計処理に関しては、多少の差はあっても、ほとんど同じで、極めて安価な経理処理ソフトが市販されています。

専門性とは、組織運営を含めた事業そのもので、経営責任者がもっとも良く理解しているはずです。 これは他からは持って来られません。 従って、セールスフォースドットコムのような物ではこの点においてはカスタマイズが必要になってきます。 いずれにしても、ビジネス運用ノウハウがキチンとシステムに実装できるものでないと駄目と言う事です。

ここまでやって初めて、真の新規ビジネスモデルを確立できる最低条件が満たされた事になります。 あくまで最低条件で、これで必ず成功するというものではありませんが、少なくとも、こう言う条件を満たさずに新規事業にチャレンジすれば、まさに竹槍で戦車に立ち向かうような事になってしまうと思います。



【13. 結: 神は細部に宿る】
最後に、伊藤忠の丹羽さんが良く使われていた 「神は細部に宿る」 。 もとは、建築のデザインの世界の言葉だそうですが、深くは知りません。 官僚の間では 「戦略は細部に宿る」 の言葉があるそうです。 政治家がいくら高邁なことを言っても実際に実行するのは現場の細部であると言うことでしょう。 一説には、霞ヶ関文学と言われる独特の法文の句読点ひとつで意味が反対になる、と言うようなことも言うそうです。

いずれしても、新しいことを成し遂げるには、先例が無いわけですから、細かなことを詰める必要があり、しかし大きな目標も見失ってはならないと言う戒めとして座右の銘としています。 また、大きな戦略を作っても細部をキチンと押さえて行かないと、みすみすうまく行っていた新ビジネスの足元をすくわれてしまうことにも繋がります。 最後の章のIT経営ツールはこの間を埋める素晴らしい事業運営に必須のツールだと思っています。

それぞれの特色を生かして競争力をつけた (1) コンポーネントとサービス、(2) 技術戦略に裏づけされた通信技術、(3) IT経営ツールでサポートされた営業活動と可視化、により成功確率の高い新規事業・新ビジネスモデルが数多く生まれてくることを祈念しています。



【付録:モノづくり大手企業技術経営のケーススタディ】
【ケーススタディ その1:トヨタ自動車】
最近は、国産最大手の自動車会社のリコール問題が話題になっています。 つい最近にこの会社の営業と付き合って、ついでにその製品である自動車を少し見る機会がありました。 驚いたのは、10年以上前に提唱されていた、いわゆるテレマティクスが、ほとんどそのまま実現されていることでした。 メールでの連絡は元より、例えばエアバックが開くような事故の場合は、その位置(GPSで分かっている)を自動的に通報し、反応が無い場合は自動的に救急車の手配をするそうです。 通信速度が旧来のままですが、これを第3世代無線通信にすれば、通信速度も向上し、快適な ネット-自動車一体 サービスで利便性は更に向上するでしょう。 自動車が完全に情報端末になっています。 ただ惜しむらくは、サービス部分での収益性がそんなに高いとは思えませんでした。

ここで感じたのは、カンバン方式に代表される、その製造技術の素晴らしさとその製品のレベルの高さです。 反面、付属するカーナビなどのソフトウエアの出来の悪さはその落差が激しいだけに余計に気になります。 あの素晴らしい品質管理が何でソフトウエアで出来ないのか? この使い勝手の悪さは何とかならないのか? と思わず叫んでしまいそうです。

もっと愕然としたのは、ユーザーの専用サイトです。 自動車はテレマティスクスによって常に無線通信でインターネットサイトと通信を行っており、メールでの通信も出来ますが、専用サイトのメールシステムが3種類もあって、最近もうひとつあることが分かったのですが、この使い分けがまったく無い。 要するにつぎはぎでシステムを拡張して、その間の整理をしていないので、ユーザーには都合4つのシステムとして見えてしまうと言う事になります。

ごく最近、以前のブレーキに続いて今度はステアリングの問題でリコールが行われると言うことですが、原因をよく読んでみると、両方とも顧客のクレームで設定をいじって、それでおかしくなったと言うことでした。 当初思ったような単なるバグではないようですが、やはり全体を統括して見渡すと言うことをしないといけないと言う教訓だと思います。

現状のモノづくり企業の限界を感じるとともに、非常に強みのあるハードウエアのコンポーネントだけに特化していても、顧客の要求レベルが上がるに従って知らず知らずに一線を越えると別の視点が必須になると言う好例だと思います。 ここでもやはり技術経営が必須になってきます。

電気自動車は、エンジンがガソリンから電気モーターに変化するだけで、参入障壁が低くなるとかの影響はあると思いますが、マイナーな問題だと思います。 むしろ怖いのは、アップルやグーグルが自動車を作り始めたらどうなるかです。 既にトヨタ自動車は、アメリカのテスラ自動車と提携しましたが、他のIT文化の企業が既存の自動車会社と組んでもしくは単独で自動車を作り始めたら、これは本当の脅威となると思います。 電気自動車の本質的な問題はここにあると感じています。

【ケーススタディ その2:パナソニック】
自分の周りを見てみると、最近急にパナソニックの家電が増えました。 元々あまり好きでなかったので積極的には買いませんでしたが、最近は イヤイヤ?買わされる様になったようです。 これはやはり(オープンである)SDカードの役割が大きいと思います。 SDカードはオープンなので、中の動画もオープンな仕様による圧縮技術が使われています。 唯一違うのは、動画圧縮にオリジナルのLSIを使っていることです。

最初の製品は、ビデオカメラ。 SDカードに2時間のハイビジョンの録画が出来ました。 その次は、このSDかーどのハイビジョン動画がデジタルTVでそのまま(スロットがある)見れる。 さらには、ビデオレコーダーに取り込める。 ワンセグ録画したものをSDに落として、ケータイで見れる。 恐らくカーナビでも見れるのでしょう。 これらをLSIを使って安価にPCを介さずに処理できる事が優位性に繋がっていると思います。

更によく出来ているのは、自分の家に設置したビデオレコーダーを外部から専用サイトを経由してアクセス出来ることです。 これによって、例えばケータイから予約録画したり、録画領域が足りなかったりすれば、外部から削除も出来ます。 従来はこう言うことは出来ないと思われていたのですが、物凄く簡単な手順で接続することが出来ます。 Google Mapを見たときのような、目から鱗の印象です。 ただこれも発展途上で、使い勝手があまりよくありません。 最近の4月からバージョンアップされたシステムでは、かなり良くなってストレスがなくなりました。 他にはTVを介してデジカメの画像を例えば家族と共有することが出来るのですが、この分野は競合もあり、使い勝手が良いとは思えません。

いずれにしても、明確な技術戦略をもって、着実に進化している感じがします。 ソニーがSDと同じようなMS(メモリースティック)クローズ戦略を取って失敗して、今では見ることも出来なくなっています。 ベータの失敗は大きく報道されていますが、MSの失敗もそれに匹敵すると思います。 原因はやはり技術に比重を置き過ぎたと感じます。


【ケーススタディ その3:アップル】
シリコンバレーにある ゼロックスの研究所 PARC(Palo Alto Research Center)で1980年代に開発された Alto と言うコンピュータが現在のPCの源流だと思います。 A4縦サイズがそのまま表示できるモノクロ縦型ディスプレイ、 当時はまだ評価が定まっていなかったマウス、当時はまだ1Mbpsでしかなかったイーサネット。 これに魅了されたのがスティーブジョブズで、最初にヒットしたマッキントッシュの次のシステムとして、Lisaを作りました。 前述した、典型的な 2番目のシステムで機能は高いが高価なPCで、結局ほとんど売れずに失敗しました。 その後、CEOを解任されて、Nextコンピュータを立上げ、次いでアップルに復帰したのです。

この経歴で分かるように、どちらかと言うとハード屋さんで、Nextコンピュータのときは、基盤の部品の配置まで細かく指示したと言う伝説があります。 アップルに復帰後、 iPodを作ったのですが、この時は単なるコンポーネントを作っただけと言う印象がありましたが、片方で1曲1ドルで、楽曲のダウンロードビジネスを、批判を受けながら赤字を出しながら継続していました。


この集大成が、iPhoneだと思います。 最近は、Adbeのフラッシュアプリケーションを動かさないとかの方針で、要するにクローズ戦略に少し舵を切ったところです。 オープン/クローズ戦略は、優れて経営問題です。 マスコミ情報を用いて、CEO自らが開けたり閉めたりして、究極の技術経営と言えます。 サンマイクロシステムズが日の出の勢いだったことは、マクナリティがSunOSをマスコミを使って開けたり閉めたり連日のように行っていました。

アップルにとって次の大きなテーマは iPad でしょうが、ここまで大きくなると、つまり(2)の高機能コンポーネントでも大きなシェアが取れるとは思います。 しかし本来の次戦略は、iPhoneで培ったアプリケーションを、iPadに対して如何にクローズなサービスとして提供し、顧客に支持されるかでしょう。




以上




続 モノづくり大手企業の技術経営
〜 研究開発管理の視点から 〜

【1. はじめに】
若い頃に技術部門では開発用の部材はいくら高くても、即時に経費処理で行われていました。 例えばPCを設備的に使うと設備登録をして・・と言う様に処理が一気にややこしくなるのですが、開発用となると、どんなに高価でも、開発を終わったときに廃棄すれば、買った時点で経費処理されていました。 当時はこれがものすごく不思議で、おそらく当社特有の現象だと思い込んでいました。

しかし、その後開発管理に従事すると、開発に要した費用全体は特に原価に参入される訳でもなく、資産計上される訳でもなく、結果的に全社の固定費となってしまい、おまけに高固定費体質と言われるようになり、虚しい思いをしました。 このような状況は、現時点においても大きな変化は無いでしょう。



【2. 研究開発の現場】
研究開発の現場、特に技術部門に限定すると、言わば売上の 1%が捨て金として予算化され、その成果の厳密な評価もなされていない状況は、管理側と現場側での双方で一種のモラルハザードを生じている可能性があります。 研究開発予算は、減額されているとは言え、一種の聖域となり、その適正な規模を決定する根拠も薄くなり、売上げ比と言う指標しか無くなっているのではないかと思います。 経営の最大の観点である、投資回収指標に対する管理目標も希薄になってしまうと思います。

また、現場ではその成果の公正な評価が無いので、自己満足的なモラルハザードが生じてしまいます。 本来は事業化されて市場の評価を受けて、初めて公正な評価がなされるのですが、事業化されない場合の評価基準が市場ではない方法で、それを支持する理論的背景もありません。

また、最近の一般的な傾向でもありますが、研究開発者はデスクワークのみに専念し、実際の作業は、いわゆる派遣技術者任せになってしまっています。 何のためにその研究開発が行われているのか、目標の連鎖が途切れている印象が強いと思われます。 使った開発費は使ってしまってそれで終わりです。 成功しようが失敗しようが、関知しない、関知出来ない、関心がない、と言うような状況になっています。



【3. 解決策はあるか?】
研究開発特に本社部門の研究開発の管理手法は、過去からいろいろ議論されており、今更目新しいテーマではありませんが、技術経営として、経営と技術間の橋渡しを行うという観点での解決策を現時点で検討するのは良いチャンスでしょう。

(1) リアルオプションによる事前評価
投資分野でのオプション理論と言うものがあり、有名なブラック・ショールズ式でノーベル経済学賞を受賞したのがこの理論ですが、リーマンショックでその有効性に疑問が呈されています。 またロシア危機では、ノーベル賞受賞経済学者が設立したLTM社と言う会社が破綻したのがその直接の原因と言われています。 いずれにしても、理論とくに経済学部門では、その理論の大きな意味の前提条件が不確定なので信頼性にかけると思います。

理論としては、多少疑問符が付いたオプション理論ですが、これを実際のプロジェクトに当てはめたのがリアルオプションです。 研究開発テーマ策定に関して、何も具体的な評価指標がありませんでしたので、2000年頃には非常に興味がありました。 しかし良く調べてみると将来の事業成果(つまり売上、利益)の見込み(の不確実性)そのものが不確定であり、それが明確であれば、オプション理論であれ、何であれそれなりの指標とすることが出来るでしょう。

非常に巨大な、関係者が多数に渡るような国家プロジェクトや市場の不確実性の高い石油採掘プロジェクトのようなものであれば、このようなオプション理論を利用して、正確な見込みを立てることは可能だと思います。 しかしながら、我々のような比較的小規模な、しかも事業的な不確定要素が極めて大きい場合は、あまり効果が無いように見えます。

不確実性の対応に関して、研究が進み、その研究開発の価値評価が進んでいる業界ほど、開発費用の資産計上は行なわれにくいと言う傾向もあるようです。



(2) 事前評価を諦めて結果管理に集中する
一部では実行され効果をあげているリアルオプションですが、我々の場合は残念ながらあまり効果は期待できそうにありません。 従って、事前にそのテーマを評価することは諦めて、少なくとも研究開発の結果をキチンと管理すべきです。

もっとも良い方法は、研究開発に要した費用を資産計上することです。 全社の研究開発費は以下の5種類に大別出来ると思いますが、それぞれで資産計上を行えば良いと思います。

A. 純粋研究 : 売上比0.1%以下にする、もしくは資産計上
B. 応用開発 : 資産計上
C. 商品開発・改造設計 : それぞれの商品に原価参入
D. 工場の製造技術 : それぞれの商品に原価参入
E. 特許などの知的財産 : 資産計上

Aは非常に悩ましく、現在の問題をここに集約するだけの事ですが、少なくともフォロー出来ない資産が 1桁減らす事が出来ます。 また資産計上を行うことは実行可能ですが、如何にそれを償却していくかの方法論の問題だと思います。 管理がキチンと行われていれば、開発部門の責任として償却を行うことには、全く問題が無いと思います。

Bは、償却が行えますが、どの商品の利益で償却するかは、それぞれの商品との紐付けが必要になります。 しかしながら、Aと同じく管理が適性であれば技術側と事業側の交渉により適性(厳密ではない) な償却が行われると思います。 もちろん償却の総額を管理し、重複やもれのないようにしなければなりません。

Eは他の4点との重複が想定出来ますが、これも適切な管理により、重複やもれを検証する必要があります。

この償却決定のプロセスの中に研究開発の現場を巻き込むことで、過去に使った開発費用を意識し、今後使う開発費用にもっと注意を払う、と言う効果が期待出来ます。

いずれにしても、この仕組みが適正に機能するためには、すべての情報をオープンにする管理システムが必要です。 昨今に流行りのクラウドコンピューティングでこれが可能になりますが、システムそのものは自力開発および継続開発が必要です。 運用中に得られたノウハウを継続開発によって、システムに作りこんでいくべきです。 またこのシステムは、組織構造と一体に成っているべきで、この相乗効果で強い(広い意味の)組織が時間と共に出来上がって行きます。


(3) 研究開発費の資産計上は税法上問題ないのか?
確かに、現時点での資産計上は日本での会計基準上(財務会計)出来ないことになっています。 これは一番最初に私が感じた疑問が、当社特有では無くて、日本一般のものであることがわかりました。

しかし時代は変化しています。 欧州での標準であるIFRSは 2014〜2015年には、米国日本でも適用が開始されると言う事で、このIFRSでは研究開発費はむしろ資産計上すべきとなっています。 IFRS:国際財務報告基準(International Financial Reporting Standards、IFRSs、IFRS)とは、国際会計基準審議会(IASB)によって設定される会計基準です。 「IFRSでは、資産価値を適正評価するという観点から,開発局面における支出は一定の要件を満たす場合に,無形資産計上が必要」となっています。

また、公表される財務会計情報は、企業間の比較を目的とするので、これがIFRSで統一されれば良いのですが、そうでなければ、当社だけがIFRSを採用することは出来ません。 しかしながら、会計と言う手段は、他社比較もさることながら、自社の経営管理を行うためにも非常に重要なものであるので、ここに管理会計と言う考え方が出てきます。 先程から取り上げている研究開発費の資産計上は、むしろこの管理会計として、自社内で採用すれば良いと思います。

近い将来に、日本全体が、IFRSもしくはそれに類した会計基準になるのであれば、その時点で、財務会計へ反映していけば良いと思います。 ベクトルは同じ方向なので、無駄な仕事にはならないでしょう。

この会計基準の変更は、単に財務会計対応レベルで済ますことも可能ですが、多くの一部上場企業はグローバルに展開していることを考えると、経営陣は社内的にも組織化のあり方を再考しなければならないし、社外的にはグループ全体の状況を表明することもでき、さらには研究開発の透明化を促進して、経営管理基盤を確立する良い機会であると思います。




4. PL重視からBS重視へ】
IFRSは、多くの文献で解説されているとおり、大きな特徴としては、投資家目線であることです。 特徴としては、原則主義、BS重視、公正価値評価の範囲拡大、が挙げられます。

日本における経営は、どちらかというとPL重視で行われてきました。 しかしこれからは、PLベースからBSベースへと舵を切らなければなりません。 その象徴がIFRSです。 BSベースの特に利益と言うのは、これまでのPLベースとは利益に関する考え方が異なってきます。 極端に言えば、PL的な「売上を積上げていく」というよりは、「優良資産を積上げていく」という感じであり、(投資家により)将来のキャッシュフローの創出能力を査定されていると言ってよいでしょう。 もちろん、技術先行会社としては、この優良資産のトップには研究開発資産が来るべきです。

要は、よく経営者が言う「いくらの売り上げにつながるか考えて動いてる?」(技術が売上になるまで評価出来ない)を第一義に置くことではなく、「どれほどの価値(技術資産価値)を生み出している?」が主眼となるのでしょう。 執行役員はPL的でも良いのでしょうが、少なくとも取締役は、自己の担当のビジネスに関するBS結果責任を持つべきだと思います。 このようなBS重視に立つと、研究開発費全体の売上げ比が 6-7%あるとすると、(毎年の積み上げになるので)これの取り扱いが極めて重要になって来ると思います。



5. 他社傾向とむすび】
このような管理に関することは、なかなか外部には出てこないので、事例的な調査は難しいのですが、断片的に集めた情報では、製薬会社などのリスクの高い開発を行っている所は、資産計上を行っていないように見えます。 むしろリアルオプションに見られるような不確実性を如何に見通すかに努力が払われていると感じます。 自動車業界のような、商品との関連が明確であるところは、積極的に資産計上、原価参入を行っているようです。 製造する製品が多岐に渡る電機業界などは、取り組みが遅れているようですが、IFRS適用などが不可避となり、また、自社の研究開発管理の高度化も必須となる中で、何らかの対策が必要となってきます。

技術経営と言われながら、その浸透が遅々としているのは、経営と技術の会話が成立してないのも原因ではないでしょうか。 技術者と言えども財務諸表の知識は必須です。 目的が無いのにこれを勉強しろと言っても無駄でしょうが、自分の研究開発テーマに直接関連するとなれば、必死で勉強するのではないでしょうか。


自然言語はその双方理解は極めて怪しいと思いますが、「数字」は唯一の共通言語だと確信しています。 研究開発費の資産計上によって、BSベース経営が定着すれば、BSを介した両者の意思疎通が高度に行われ、より良いトータル経営が実現する事が期待できます。


以上